最近ブログのことを忘れていた。仕事が忙しいのもあるけど、自分が自分の気持ちを文章にまとめる習慣が少し遠のいていたのかもしれない。 ブログを開いて、過去の記事を読み返してみた。このブログはすごい!自分の言葉で書いてるから当たり前なんだが、自分の考えがきれいにまとまっている。(自分なりに綺麗という意味であって、文章の構成として客観的に綺麗かどうかは不明である) 今はAIで文章を書かせるのが流行していて、言葉がこぎれいなだけで全然面白くもない、馬鹿みたいなブログがすごく多い。そういうブログって情報ばっかり羅列してて、書き手の熱が伝わってこないもんね。 自分の気持ちを綴るのに、自分の言葉を使わないのはもったいなさすぎる。というわけで、このブログの文章はAI一切なしで続けていきたいと思ったのです。(小綺麗な情報は一切無いとも言う) AIはいわゆる「壁打ち」にはいいのかもね。活用できるようになりたいとも思ってるけど。 ブログを読んでいて驚いたことの1つが、その時々の悩みを赤裸々に書いていること。そして、それらの悩みが2〜3年経った今までも全く変わっていないことだ。どういうことなんだ。まるで成長していない…(笑) 来年50歳になる(年が明けたら歳をとることにしている) 人生これじゃあかん。 いつまで経ってももがき苦しんでいる、そんなんじゃつまらんね。 また自分の内面を見つめていきたいと思う。 このブログを通じて。 あ、今まで名前のない名無しで書いてたんですが、せっかくなので記名で書くことにしました。ののはたがんばる。
mixi日記を読み返しました。
久しぶりにブログを書く。 最近mixiを開きました。 mixiって自分の自己紹介が見やすくまとめられる感じで悪くない。 マイミクさんからの紹介文とかも載ってたりする。 すごく無邪気でパーソナルな感じがしました。 何人かマイミクさん(リアル友人です)のプロフィール読むと 自分が見落としてたよーな項目も載ってたりして。
そしてmixiと言えば日記。 自分の書いた日記を読み返しました。
読み返すと「自分の文章って、跳ねてるなあ」という印象。 もちろんmixi日記を書いてた時ってもう10年以上前の頃だし、 そりゃあ多少テンションも違うしね。
しかし自分が全然成長してないのが笑えますね。 当時とは違う仕事をしてたのに、同じように悩んで体調不良起こしてるの。 もう社会人としてやっぱり何か欠落してるんだよ。 ほんとに頭おかしいのかもしれない。
幸せまでが面倒って強く思うんですよね。
がんばれば幸せになるって、誰だって心の奥底ではわかってるんじゃないかな。 でも、それまでにどれだけ苦労すればいいのかなって思ったら、心が折れそうになる。 面倒すぎますね。
しかしmixiって皆がちゃんとログインして交流してれば楽しいよなあと強く思った。 もう復権は無いかもしれないけどね。。。
ドラマ「ゴシップ」最終回まで観た(再放送)
「ゴシップ」っていう2年前のドラマの再放送やってるから観てました。これ面白いようなそうでもないような、でも全体的に面白かったと思います。
実際はこんなに綺麗な世界じゃなさそう。
ゴシップを扱う三流Webサイトの編集部が舞台なんだけど、一見クズな仕事に見えてだいたいまあまあ実際そうなんだけど、うまく人間の感情を描くドラマになっていましたね。でもクズ仕事だよなあ。
ドラマでは「面白いネタ探そう」的な雰囲気(ちょっと楽しい事しよう的なムード)もあったけど、実際は割とゲスい論理がまかり通っているんじゃないかな。視聴率(WebメディアだからPV)のためには嘘でも騙しでも誤魔化しでもミスリードでも迷惑でも多少の法令違反でもやっちゃうんじゃないかな。
編集長(主人公)の魅力がわからない。
主人公の瀬古さんは人の心がわからない。はっきり言われないと文脈を察する事ができない。こういう人いるいる。性格だったり病気だったり障害だったり理由は人それぞれだけど、こういう人は確かにいる。ここまで極端な人は生きづらいだろうなあとは思うけど。あまり魅力を感じるタイプではないです。根津くんや笹目くんはどうして瀬古さん好きなんだろう。そこらへんの説得力は無いままでした。
人は「人の感情が動いたり刺激を受けたり摩擦を受けたりする様に感動する」ものだと思うのです。瀬古さんにはそれが無い、少なくとも最終回の前話まではそういう描写はほとんど無かったと思います。多少は迷ったり焦ったりする仕草もあったけど、表情と口調を変えないからね。この人ほんと倫子さま?(※大河ドラマ「光る君へ」に源倫子さま役で出演中です)「道長様…ぽっ」とか言ってる人と別人みたい。俳優さんはすごいね。
終わりよければすべてよし
結局、仁和さんと矢部くんはゲスだったってこと。この2人に関するフォロー無しで終わったね。あと根津くんはちょっとズルいよね。結局、最後まで赤裸々にならないままでさ。笹目くんは頑張ったよ?そこらへんあまりスッキリしないまま終わったかも。
とりあえずはカンフルニュース編集部の面々は新しいステージで頑張り、瀬古さんと根津くんはまああまり変化が無い感じだけど心機一転スタートして、でもやっぱりこれから一歩一歩進んでいくんじゃないかなと思わせるラストでした。ドラマの終わり方としては、悪くない。
このドラマは調べたら原作があるわけではないそうです。オリジナルドラマだったのですね。すっごく熱中した!とまで言うと嘘になるけど、それなりにハラハラしたり面白く思ったり、楽しい時間を過ごせたかなと思った作品でした。
指示待ち族
いわゆる指示待ち族という言葉があります。だいたい若者に対して言う蔑称の一つですが、言われた事しかしない若手部下の性質を表現しています。子供の頃には既にそういう言葉はあった。いつからある言葉なんだろう。
この言葉に対して、若き僕はこう考えていました。「言われた事しかしない相手には、して欲しい事を全て伝えればいい。それが上司の仕事だ」と。
実際にそれを実践できる立場になって、やってみると、現実は少しズレていました。確かにそれをすれば、動くは動くんですが、ずっと自分が動かし続けないといけないのです。相手は全然育たないのです。それは困る。
短期的に部下がうまく動いても、それはその場だけなのです。上司は部下を動かすのも仕事ですが、長期的に見て部下の成長を考えたアプローチをしないといけないのです。
この答えはまだ僕の中で確立していません。僕の部下たちは正直光るものを見せつつも察しが悪いなあとも思い、のびのび考える環境を僕が構築できてないなあと反省し。
あ、僕自身は過去にそういうアプローチは受けていません。氷河期(笑)実力主義(笑)即戦力優先(笑)代わりはいくらでもいる(笑)
昔の自分の考えが浅はかだったと言う事ですね。まさに馬鹿とは短期的成功への執着なのです。
映画「ダンジョンズ&ドラゴンズ アウトローたちの誇り」を観た。
準新作だったけど(今年の映画だ)ゲオで100円セールで借りられた。だが、そろそろ自宅のテレビとDVDプレーヤーは鑑賞に耐えられなくなってる感あるわ。暗い場面がね、全然見えないの。テレビは40V型でたぶん15年くらい経つものだよね。テレビの画質ってどうなんだろう、買った最初と、15年経った今と、全く同じ画質を保ってるのかな。人の目じゃわからない程度の違いであって欲しいね。でも、今時はもう少しだけ鮮やかでもう少しだけ大きい画面で映像を楽しみたいと思ったりするんだよね。
PS5があるのになんでブルーレイにしなかったんだろ。
映画はまあまあ面白いと思った。俺の好みだった。あくまで俺の好み。ご存じ(なのか?)ダンジョンズ&ドラゴンズの世界を映画にしたものらしい。噂のあのゲーム「バルダーズ・ゲート3」と同じ世界を舞台にして描かれる。
ファンタジー世界だけどやたらモンスターと戦うわけじゃないし、中盤までは会話によるかけ合いも結構多かった。ぜんぜん壮大な話じゃないし、どちらかというと最終盤以外は(いや、最終盤も)スケールの小さい、知られざる戦いの話なんだけど、それが逆に「TRPGのセッションをそのまま映画にした感」があるのがほんと良かった。これを作ったヤツはよくわかっている。一般的な観客がそれを理解するかは別にして。
映像美としても結構良かったと思うよ。残念ながらうちのテレビでは最高の体験はできなかったが、それでも迫力は感じたよ。ドリックが見つかって変身しながら逃げるシーンはほんと良かった。
ファンタジーの世界のワクワク感ドキドキ感、恩赦もらえたのに脱獄しちゃったアウトローたちの生き方、それと家族愛をテーマに描かれてたね。魔法はなかなか痛快には使えないところもそれっぽく描かれてていいじゃない。面白かった。少なくともモンスターハンターの映画よりははるかに楽しめた映画だったよ。ちなみにバルダーズ・ゲート(都市名)は名前だけ出たよ。主人公たちはたぶん言葉通り、作中で経由したんだろう。
噂のゲーム「バルダーズ・ゲート3」は来月発売だけど、少なくともすぐには買わないんじゃないかな。お金使うことに色々罪悪感ある今日この頃だし、積みゲー消化に忙しいからね。映画で少し世界を味わえたのは良かったな。
GTDは完成しない。
以前、GTDの完成を目指すと書いた。
だが残念ながら上手くいかなかった。なぜか。それは初心を忘れているからだ。
「なぜ」「どうして」「何のために」それをするのかという動機をGTDは忘れさせてくれる。そんなのいいから、忘れててもいいから、優先順位に従ってタスクを消化することを求められるのだ。少なくともタスクを作った時の俺は今の俺にそれを求めているのだ。しかしそれでは人は俺は動けないものだ。
俺にとっては行動にストーリーが必要なのだ。何気ないタスクにも気持ちが入っていないと動けないのだ。その行動の結果、得られる果実を見つめないと人はそれに向かって走り出せない。一つ一つの行動自体は決して楽しいものではないのだから。
なぜ俺はそれをするのか。それを忘れてただ書いてあるタスクだけをするというGTDは、ちょっとした奴隷気分にさせてくれる。俺の正常性バイアスは、それをしなくても大丈夫だと優しく俺を包んでくれる。時には「それをしないとヤバイ」という危機感からタスク消化に積極的になる時間もあるが、そんな感じが続く毎日が俺を幸せにしてくれるはずがない。
人によっては「これさえやっていればいいんだ」という安心感を持ってタスクを消化する事に集中していけるのだろうと思う。だからこそ、この手法は支持されている。でも、それじゃ俺はだめなんだよ。
俺にとってGTDは基本的にツラく、生産性を高めつつも生活の幸福感を落とす手法なのだと最近気づいた。気づくの遅い。遅い事はわかっているのだが、今日気づかないと更に遅くなるから、堂々と今日書いてしまおう。そう、俺のGTDは完成しない。
優先順位をつけて順番にという方法自体はそんなに間違えていないと今でも思うのだけれども。その消化の軸になる価値観と方法を加えられないかと思うのだ。俺だって、全ての行動、全てのタスクに意味づけやストーリーが無いといけないなんて思っているわけじゃない。思っているわけじゃないのだが、現実的に大きな動因を絡ませなければ動けていないのだから、自分に合う何らかの工夫を入れなければやっていけない。
目標を見つめて忘れない、夢を見つめることの重要性が再び俺には求められているんだよ(何言ってんだろ俺)新しい手帳はどうしたものだろうかね…。
ドラマ「最高の教師」最終話まで観た。
前回の感想
非常に精神にくる感じのドラマで、観るのに気合が要りました。胸糞悪い話が続くドラマだと思ってたけど、結局全部観ちゃいました。確かに最初はそうだったけど、話が進むごとに少しずつ気持ちが変わる生徒が増えてきて、一年後の悲劇への漠然とした不安は残しつつも、世の中が良くなっていく感覚を味わうことになる話の展開だった。
話の展開自体は非常にドラマチックで実際にはなかなか無い話だと思うのです。でも、それぞれの生徒が抱える心の問題はとても現実的で、ドラマの描写としては感情が増幅されて描かれているにしても、若い子たちが実際に抱く心がリアルに出ていると思いました。そういう感覚、あるよね絶対。
圧力や閉塞感を感じている弱い立場の生徒たちから始まって、相楽くんや西野さんのように激しく感情が動く子たちの心情が描かれて、最終的には無感動で心が動かない生徒に至るまで心の内を吐露する展開。正直、感動する話ばかりでした。相楽くんの回はほんと感動した。
鵜久森さんという頼れる仲間的な子が示唆する「運命の強制力が働くんじゃないか」という不安感が作品を通して、特に後半はずっとどこかに意識させられる感じで最終回の最後の展開まで安心できない感じでした。
役としての九条先生もそれを感じつつ行動する緊張感がよく出ていた。学校での先生モードと、夫や友人の前での素面モードも切り替わっていてメリハリが表現されていたの良かったです。
若い俳優さんたちも、引き込まれる演技力を見せていたと思います。芦田愛菜さんや加藤清史郎さんはもちろんだけど、本田仁美さんはとても素晴らしいと思った。あと東風谷さん役の子、當真あみさんとおっしゃるの、良かったです。
全体通してよくできたドラマだと思いました。面白かったですよ。