謎のおばちゃん
「ねえねえ、ちょっと、間違ってたら悪いんだけど!」 僕は、あるおばちゃんに声をかけられました。 小柄なおばちゃんで、丸顔に白髪で、おばちゃんというか、おばあちゃんです。
知らない顔でした。 少なくとも、僕がとっさに誰だかわからない人でした。
「あなた、〇〇さんの息子さんじゃない?」
出てきたのは、母の名前でした。 ああ、母の知り合いだろうな、と思いました。
「はい、そうですけど」 「やっぱり、実はね、あなたをここで何度か見かけててね、そうじゃないかなーって思ってたのよー」 おばちゃんの言う「ここ」とは、声をかけられた銀行の待合いです。 仕事で僕はよく銀行に行くので、そこでよく見られていたということです。
「何でわかったんですか」 と聞くと、おばちゃんの答えはこうでした。 「面影があるのよー。何となくだけどねえ、わかるのよー。あなたはお兄ちゃんの方かしら、弟さんの方かしら?」
この答えに僕は驚きました。 ものすごく驚きました。 面影があるというのは勿論、母の面影があるという意味ではないと、すぐにわかりました。 この答えを聞いた瞬間に僕が理解した事は、このおばちゃんは僕の幼少期に母と親しくて、僕ら兄弟を見知っていた関係の人だということ。そういう人は多いので、そのうちの一人で、幼い頃の僕の面影を今の僕に見たということです。
「え、わかりますか?」 と聞くと、 「わかるのよ、変わってないのよ」 と、おばちゃんは答えました。 「私はね、あなたのお母さんと電話で話したりもするのよ。△△と言うのよ」
あ、知ってる名前。 おばちゃんが名乗ったその名前は、幼い記憶の中で聞き覚えのある名前でした。
驚異の認識能力?
驚いたのはおばちゃんのその、他人の顔の認識能力です。面影があるにしても、35年ほども経ってすっかり大人になった子供を、銀行の待合いで見かけたからといって認識できるものなんでしょうか?
もちろん、ぱっと見てすぐにわかったわけでは無いと思います。 おばちゃんも「何度か見かけて、そうじゃないかなと思った」と言っていますしね。 それにしても驚きました。
これは、このおばちゃん個人の能力なのか、それともこの年代のおばちゃんは大体こういうものなのか。 それとも、女性というものが人の顔を覚えるのが得意なのか?
…まさか、僕以外の人は皆これくらいは普通なのか?
僕は正直言って、あまり昔と風貌が変わっていないタイプのようです。同窓生と再会すると必ず「全然変わってないね」と言われる方です。 まあそれは社交辞令交じりなんでしょうが、恐らく、大きく印象が変わってはいないと思われます。 少なくとも「変わったねえ」と言われた事はありません。
しかし幼少期となるとまた違う気もします。そんなに顔が変わっていないものなのでしょうか。確かに同一人物ですから、面影はあるでしょうが。
僕が同じ状況であったら、恐らく気づきません。気づくかな?どうかな。 人の顔を覚えるのは得意な方では無いと自分では思っているのです。
「人の顔をなかなか覚えられない」 これは僕のこれまでの人生にのしかかってきた「不安」の根源の一つです。
つづく