やじろぐ7

40代半ばの妻子持ちがゲームしながら解脱を目指すブログ

得しなかった事を「損した」と言う奴の精神性はヤバイ

何もしなかったら何も起こらないのは当たり前だ。宝くじを買わなければ当たらないのも当たり前のことだ。それは損も得もしていないということだ。大きな目で視点を変えて見れば何もしなかったということ自体が微妙に損しているのだが、目先のことだけ見るに、損も得もしていないと言ってしまおう。

何かアクションを起こせば得することがあったかもしれないし、たぶん得した事例はものすごく多い。何もしないより何かした方がだいたいは得、俺はそう思っているけれど。何か行動を起こす事で損することも、もちろんある。それは普通に目に見える損かもしれない。それは仕方ない、損を受け入れるしかない。

ところで、何もしなかった事で得をしなかった、これを損したと考える人は結構いるように思う。それは得をしなかった、つまりゼロがゼロのままで終わっただけで、損をしたわけではない、つまりゼロがマイナスになったわけではない。しかしある一部の人はそれをマイナスになったと感じ。言ってしまえば自分の当然の権利(財産と勘違いしている)が損害を受けたと考えるのだ。

この考え方は不幸の入り口の一つだ。ていうかそういう考え方する奴はヤバイ。だいたい周囲の人(だいたいが、行動をした人だ)が得をして、自分は得も損もしなかった場合に、相対的に自分が損をしたように感じている。自分の幸福が他人との比較になってる自覚があればまだいいけれど、気づかない人はずっと不幸を感じることになるじゃない。

運も不運も、損も得も、人生ではだいたいバランスが取れてるような気がするけど、みんななんとかプラスにしようと活動してる。でもプラスもマイナスも無いはずのところを勝手にマイナスと感じてたら、そりゃートータルでもマイナスになりがちだ。

物は考えようだ。俺は結構運がいい。割と得をしていて、損はしていない。損をしていない。いや無駄な損を積み重ねていない、感じない。うん、いい感じかもしれやい。