やじろぐ7

40代半ばの妻子持ちがゲームしながら解脱を目指すブログ

スプラトゥーン3に期待できない。

Nintendo Switchの新作「スプラトゥーン3」の発売日が9月9日に決まったらしい。

www.famitsu.com

てっきり夏休みに合わせて発売するかと思ったけど、どういう戦略なんだろうか。

このゲーム、買うかどうかとても迷っている。

前作「スプラトゥーン2」に対する思いは複雑だ。

良い思い出もある。親しかった人との思い出が。だからこのゲームに感謝する気持ちもある。
だけどその一方でこのゲームを憎む理由もある。

このゲームは楽しさよりもイライラが上回る仕様だ。

俺は世界的にも珍しいであろうWiiUユーザーだ。WiiUユーザーはその希少性からエリートに位置付けられてもいいと思う。もちろん発売日に「スプラトゥーン」を買って楽しんできた。
この初代「スプラトゥーン」と「スプラトゥーン2」の違いはとても大きく、いろんな人がいろんなところで語っているからいちいち言わないけれども。2の操作性やゲーム性の進化は素晴らしく、面白さの退化も著しかった。
初代にあった爆発的な笑いは無くなった。ほんと、ピッタリ無くなった。

理不尽な調整を感じずにいられない。

このゲームは最初からマッチングが妙だなと思っていた。試合結果にも偏りがあって、やたらと連勝するかと思ったら、どうしても負けが続いてしまうこともある。この、負けが続いている時には、理不尽な調整を感じてしまうのが正直なところだ。これを感じなかったプレイヤーがいるんだろうか?当たり判定には絶対に調整が入っていると思う。スプリンクラーに正面からインクが当たらなかったのは流石に目の錯覚と思いたかったが、こちらのインクが当たらない、当たっているのに効いていないことは誰もが経験していると思う。
それによるイライラはかなりのものだ。納得のいく負け、笑いのある負けならともかく、理不尽に負けている(少なくともそう思わされる)のだから。
Nintendo Switchに対応するコントローラーの売上は、過去のハードよりもはるかに大きかったに違いないよ。実は俺も一つダメにした。そして、このゲームはもうやめようと決めた。

息子の教育に大変よろしくなかった

初代「スプラトゥーン」の時はよかった。しかし2になってからイライラするようになり、怒りながら中毒のようにゲームをするようになった。一緒にプレイしているネットの向こうのプレイヤーたちへの悪態も出てくる出てくる。悔しさで泣き出すことも一度や二度じゃない。吐き出す言葉は怒りというより呪詛のようだ。しかも、それだけ怒りながら、やめられないのだ!俺は何度もこのゲームをやめるように言った。
幸いなことに、息子の友人たちは小学校高学年になってスプラトゥーン2をしなくなり、代わりにフォートナイトというゲームをするようになった。このゲームはあまりセンス的に俺の好みではなかったのでどうかと思ったが、息子は友達に流されるようにフォートナイトをするようになった。これは、少なくともスプラトゥーン2よりは良い精神状態を息子にもたらした。うまくいかない時は多少怒ることもあるが、スプラトゥーン2の時よりもずっと笑いと愛が混じった怒りだった。フォートナイトについては最近書いた。

 

yamakai.hatenablog.jp

 

今はこのゲームに感謝している。あまり長時間プレイして欲しいとは思っていないが。

ゲームは楽しいのが一番なんだ。積みゲーの消化が義務的になったらおしまいだし、中毒のようになったらもうそのプレイ体験は死んだも同然だ。

そこで心配なのは「スプラトゥーン3」だ。

このゲームは、とりあえず息子は高校受験を控える年なので、プレイ時間を大幅に制限することはできるだろう。高校に入ったらどうなるだろう?自分の体験では高校生になったら、成長の一環としてゲームからは離れて、別のことに興味が移ったものだったが、それは人それぞれだから一概にはそうなるとは言えない。一つの趣味として適切に楽しむ分には歓迎するが、もう2の時のような状態になってほしくない。
だいたいこのゲーム、面白いんだろうか?2に疲れ切った俺には新要素も確認する気力も無いくらいだ。盛り上がってる人たちにはそういった気持ちを言うことは無いけれど、俺はあんまり信用してない。自分のことだけじゃなく、息子に影響があったという意味では、嫌いになっていると言っていい。触らせなければよかったと後悔しているんだ。

だからこのゲーム自体には期待はしていない。なるべくなら、少なくとも受験が終わるまでは息子の友達も買わないようにしてもらいたいくらいだ。親御さんたちにそう根回ししてみようか…。

 

こんなこと書いてるけど「5ヶ月後…そこにはスプラトゥーン3を楽しむ俺の姿が!」とか書く日くるだろうか?来て欲しい、俺自身が一番そう願ってる。