やじろぐ7

40代半ばの妻子持ちがゲームしながら解脱を目指すブログ

不安と荷物

俺は荷物をたくさん用意したがる傾向があるようだ。

幼い頃、祖母宅に泊まりに行くのはとても楽しみな大イベントだった。特に、仲のいい従兄弟たちも泊まりに来ると聞けば嬉しくてたまらなかった。
小学生の俺は荷造りをする時に、アレで遊ぼうコレで楽しもうと、バッグにかなりたくさんの物を詰め込んで、重さに耐えつつ担いで持って行っていた。
それらを使ったかというと、一部は使ったが、当然全部活用できるはずはなく、大部分は使わないまま持ち帰ることになったのである。

でも俺は次のお泊まりの時もそれを繰り返した。
不安だったのだ。機会損失が怖かったのだ。たぶんだが、それで悲しい思いをした事があるのかもしれない(覚えてないけどそういう過去があるに違いないという思い込みはこのブログによく出てくる)そして、あらゆる場面に対応しておきたいという気持ちもあった。だから荷物を減らすことができなかった。

大学生の頃、一人暮らしをしていたアパートから原付で実家に帰ることがよくあった。片道7時間。リュックに大荷物、ほとんど使わないものだ。本が多かったように思う。あれも必要だ、あれも無いと困る。そんな思いから俺のリュックはいつもパンパンで、重かった。

今、バイクに乗ってツーリングに行くときも、流石にパンパンになるほど荷物を詰め込みはしないけど、アレが無いと困る、コレがあるといざという時助かるという傾向は昔のまま。俺の荷物は割と多めだと思う。他のライダーを見ると荷物が少ないこと少ないこと。いざという時どうするのか、不思議でたまらない。

俺も最低限の荷物だけで出かけたい気持ちはある。人間、時間単位でできることはそんなにたくさんは無い。必要無いものは削るべきだ。スマホとメモ帳とペンがあれば、大抵は何とかなる。
でも不安な俺は「スマホ用の充電バッテリーとメモ帳とペンの予備も用意しておかなければ」なんて考えて果てしなくなる。ほとんど病気だ。

用意しておかなければならないと心配するような事態は起こらないのだ。無くても大丈夫で、なんとかなるのだ。わかっている、わかっている。でも不安なんだ。この不安は人生を楽しめてないってことなんだろう。もっとパッパラパーになりたい。